比べられるという事は、
他者と比較出来る程の【違い】を自らが持っているという事なのだと思います。
周りから見分けられる程の【独立】が自分に有るという事。
同率の背丈と一律した足並みならば、
誰もが持ち得るものならば、
群像の中から【唯一】を「見分ける」事も「比べる」事も儘なりません。
詰まるところ「比較」とは、
その方を【抜き出す】作業の事を指すのではないかと思うんです。
人垣から「たった一人」を掬い上げる行為の事。
それが例え憂き目でも引け目でも、
「自分には無いもの」を「持っている」とするのなら、
それは決して誰もに持ち得る事は叶わない自分だけの【異彩】です。
多くの中から抜きん出る事を「抜群」と呼ぶとするのなら、
あるいは【不得手】であれ【非力】であれ、
「心に臆したもの」が努力や慈しみを捻出する【活力】に成ると言うのなら、
その劣等感や特筆や、
「誰かと比べずには居られない自分だけの古傷」は、
間違いなく自分だけが持つ【抜群】です。