キツツキゲーム

後悔は気付き。 気付きは教訓。 教訓は学び。学びは成長。

後悔も気付きも傷付きも、
すべては自分を豊かにしてくれるゲームである。

彼女の事を「可哀想」なんて思う人が、居ませんように


お酒好きの後輩が居た。



背が高くて、手足が長くて、顔が小さくて。

モデルの様に美しい人だった。


偶に会う度に「えみさん、えみさん」と笑顔で駆け寄って来てくれる無邪気で陽気な可愛らしさも持ち合わせていた。


色気があって、

可憐で、

凛としたしなやかさの有る女性だった。 




彼女には母親が居なかった。

正確には、母親が居る事を彼女自身が否定していた。


曰く、彼女がまだ幼かった頃、本夫以外の男性と出て行ってしまったのだと言う。




「あんな女、母親だと思った事はありません」


飴玉を転がす様な、軽やかな口調だった。



その時の声の滑らかさも、戯る様に囀る語り口も。

内容が余りに噛み合わなくて、

10年近く経った今でも、

時折その一節ばかりが山彦の様に頭の中を反響する。



同情なんてした事も無い。


感覚の無い私には、

感覚を知らない私には、

その気持ちを推し測る事さえ憚られて、

許されない事の様に感じたから。



2~3年後、彼女の父親が若年性アルツハイマーである事が判明した。

二人暮らしだった親子は療養の為、

唯一の身寄りを頼って都内を離れた。


間も無くして、私も私の周りに居た仲間も、

彼女と一切の連絡が取れなくなった。



あの子がどこで何をしているのかも、

となっては知る由もない。


同情なんてした事も無い。

そもそもやり方が分からない。

彼女もそれを望んではいない。




同情なんてしたところで、

そこにはきっと道端に生えた苔の様な湿ったらしさしか残らない筈だった。


生産性の無い行為は好まなかった。


いつまでも着地点の無い構想をダラダラと続けるのも好きでは無かった。

 


気持ちのやりようも無かったし、

万が一やりようが有ったところで、

そのやり場の回収方法が分からなかった。


彼女は決して同情を求めていた訳では無い。


助けを求めていた訳でも無かった。



只、知って欲しかった。

受け止めて欲しかった。


あの子が真意を語る事は無かった。

今となっては知る術も無い。


こちらがどんなに求めて欲しくても、

求められる事は無かった。


だからこれは、全て私の憶測だけど。



彼女は最後の最後まで笑顔だった。

心配される事を心から嫌がる笑顔だった。


あの子の快活な笑みは、心底、壁だった。



こちらが歩み寄る程に喉元に匕首を突き付けられる様な錯覚を覚える程に、

いつだって一縷の隙も無く、笑顔の牽制だった。



「本当は後を追って来て欲しい」なんて、

そんなしおらしさは微塵も無かった。


そこに有るのは本気の拒絶だった。



だから、連絡を断った。




こんな時期だからこそ殊更に思う。


あの子は今、どこで何をやっているのだろう。


身体は健康だろうか。

笑顔を忘れてはいないだろうか。

独りで頑張ってはいないだろうか。


お父様は、息災だろうか。


あの子の心は脆過ぎる。

差し伸べる手を心底拒んでしまう程に。

心配する声を、本気で嫌がる程に。


私にとって「可哀想」と思われる事程、

親不孝な事はありません。


助けて欲しく無い訳無かった。

傍に居て欲しく無い訳無かった。



只、堪えられなかった。

誰かに助けて貰い続ける生活に堪えられなかった。

誰かに支え続けられる申し訳無さに心が保ちそうに無かった。


誰かへ強いる負担が苦しかった。


誰かへ重荷を背負わせない為じゃない。



その申し訳無さに、

その情け無さに、

その頼り無さに。

その自重に、

きっと自分が耐えられそうになかった。


誰かに頼る日々が辛くて

誰かに守られる未来が怖くて

何よりも誰よりも自分が嫌だった。

その一線が恐ろしかった。

自責の念に潰れてしまいそうだった。



もし今会えるなら、私は彼女に何をしてあげられるのだろう。

どうすれば力になれるのだろう。


そんな「もしも」の話すら、

彼女にとっては煙たい話なのかも知れないけれど。


きっと今の私なら、彼女の都合なんて一切意に介さず、自分勝手にやってのけられるのに。

幾らでも土足で踏み込んで行けるのに。


見返りなんて尽く潰してやれるのに。

重荷なんて打ち壊してやるのに。

「申し訳無い」とか「情け無い」とか、

その辺りの言葉の一切喝采を塵も残さず一掃してやるのに。  


徹底的に排除してやるのに。



こっちが好きでやってるだけなんだから、

好きにやらせて欲しいのに。

好きで居させて欲しいのに。


見返りなんて、「こうしたい」と思わせてくれた事こそが、私にとっての見返りなのに。

彼女の為じゃ無いのに。

何もかもが私の為なのに。

私がやりたくてやるだけなのに。

私が勝手にやって勝手に幸せになるだけなのに。

どこまでも独り善がりなのに。

自分勝手な我儘なのに。


それすらも許されない。


自分の産まれ持った境遇も

人の抱えた苦痛や悲痛も

間違っても比べる物では無い。

どちらが辛いかなんて

一番苦しいのは誰かだなんて

絶対測れる物では無い。

測っていい物では無い。


それは誰かの痛みを否定する事と同義だから。



その人の痛みはその人だけの物で、

辛い時は、誰がどうしたって辛い。


感情は推し測らないし推し測れない。

同情も出来ないし、比べるなんてもっと出来ない。



でもどうか、慮る事くらいは許して欲しい。

祈る事を許して欲しい。



彼女に笑える瞬間が増えます様に。

彼女が泣きたい時に泣ける場所がありますように。



彼女の事を「可哀想」なんて思う人が、居ませんように。






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