キツツキゲーム

後悔は気付き。 気付きは教訓。 教訓は学び。学びは成長。

後悔も気付きも傷付きも、
すべては自分を豊かにしてくれるゲームである。

作品しかり人生しかり、人は一人では「生きられない」

 

漫画を読む。

アニメを観る。

映画を観賞し小説に浸り、

音楽を聴きエッセイに心傾ける。

 

それって、【相手の人生】を【自分の人生】に取り入れているという事なんですよね。

 

会話でも作品でも相手の物語や事物を覗かせて頂くという事は、

文字や音楽を通じて相手の人生を「経験させて頂いている」という事でもあるんです。

 

他人って、自分では持ち得られなかった感覚や情動や展開といった「出合い」を経験して来てくれた自分自身の【片割れ】というイメージが私の中では強いんです。

自分が見れなかった世界をその目で見て来てくれた人。

経験して来てくれた人。

 

そして言葉や作品は、

相手の人生を垣間見る事の出来る【手段】であり

その人の世界を行き来する事の出来る【媒体】でもあるのではないかと思います。

 

私しかり誰彼しかり、

人は人の人生を頂く事で認める事で、

そうして疑似体験させて貰う事で、

自分の中にある既存の価値感と共に咀嚼し組み上げ撹拌し、

新たな着想や【自分の言葉】として生み出す事が出来るんです。

 

人の人生を頂く事で、

視野や視点、自分から見える世界は広げられて行くんですよね。

 

 

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