キツツキゲーム

後悔は気付き。 気付きは教訓。 教訓は学び。学びは成長。

後悔も気付きも傷付きも、
すべては自分を豊かにしてくれるゲームである。

1.17を迎えて。


漢字の読解すら儘ならなかった当時。



テレビを流れる「地震速報」の帯と字幕越しの市街地は、当時の自分に取ってまだ遥か遠い地の出来事だった。


時を経て歳を重ね、「地元」と言う名の箱庭から出た先で、かつての渦中を生きた人々の生の声を聞く様になった。


そうした人々が恩師となり後輩となった。







震災を知らない世代や「風化」という声がポツリポツリと気泡を立てて行く中で、

それでも少なくとも自分に取って、



27年前の災害は、

【27年前】よりももっとずっと身近な出来事になっていた。

戦禍も災禍も肌で感じる機会の希薄だった自分に取って、唯一出来る歴史の継ぎ方が【人に出会う事】なんです。





それはその人の【踏み跡】に触れる作業でもあると同時に、

その人を育てた環境や土地、ひいてはこの国の【一分】を知る事へも通じていく。


だから出会い方は対面でも良いし本でも良い。

聴くでも観るでも良いんです。






人に出会う事はきっと、

その人の歴史を「その人だけの歴史」にしない事だと思うから。





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